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大阪高等裁判所 昭和47年(ネ)335号 判決 1975年12月12日

控訴人 大谷つる子

<ほか四名>

右五名訴訟代理人弁護士 佐々木哲蔵

内藤徹

右訴訟復代理人弁護士 金尾典良

松本剛

石丸悌司

被控訴人 橋谷貞一

右訴訟代理人弁護士 奥村孝

小松三郎

石丸鉄太郎

主文

原判決を取り消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一、控訴人ら

主文同旨の判決。

二、被控訴人

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

第二、当事者の主張および証拠関係は、次のとおり付加するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

一、控訴人らの主張

1、(一) 控訴人有限会社昭栄商事(以下、単に「昭栄商事」という)は、かつて本件家屋を占有したことはない。昭栄商事は、ナショナル製品を取り扱うもので、後記控訴人阪大ラジオ・テレビ株式会社(以下、単に「控訴人阪大ラジオ」という)と系統を異にし、両者の共同占有はありえない。ただ、昭栄商事の代表者大谷雄市が控訴人阪大ラジオの代表者大谷源七の三男であるため、相互に従業員を手伝いに行かせていた事実があるにすぎない。

(二) 控訴人有限会社神戸クラリオン(以下、単に「有限会社クラリオン」という)および控訴人有限会社阪大電化(以下、単に「阪大電化」という)は、後記の理由により、現在本件家屋を占有していない。

2、本件家屋は原判決別紙目録記載(一)の西端の一戸(以下、A戸という)と同記載(二)の西から三軒目の一戸(以下、B戸という)とに分かれ、賃貸借も各別になされているのであるから、無断転貸を理由とする賃貸借契約の解除を認めるには、右二戸のいずれに無断転貸の事実があるかを確定することを要し、そのいずれか一方に解除原因があれば他方も当然に解除されると解すべきものではない。

3、A戸について

(一) 控訴人大谷つる子は、昭和一五年頃、A戸を借り受け、「阪大ラジオ」の商号を用い、実際の経営には夫の大谷源七が当って、ラジオの販売、修理の営業をしていたが、その後有限会社を設立し、さらに昭和二五年五月、源七を代表取締役、控訴人つる子を取締役として、控訴人阪大ラジオに組織変更をした。

したがって、本件解除の意思表示のあった昭和四四年八月頃および現在におけるA戸の占有者は控訴人阪大ラジオである。

(二) 控訴人阪大ラジオは、当初の個人商店を税金対策等のため会社組織に変更したものにすぎず、その実権は依然大谷源七が掌握し、店舗の利用状況も個人商店当時と基本的には変わりがない。

(三) 被控訴人はA戸のテントに「クラリオン・カーステレオ・テープセンター」なる記載があることをもって、有限会社クラリオンが同居していた旨主張するが、「クラリオン」は当時の帝国電波株式会社(後にクラリオン株式会社と改称)の商標であって、控訴人阪大ラジオは、当時神戸市兵庫区小物屋町四七番地で営業していた株式会社神戸クラリオン(代表取締役大谷雄市)と商品委託販売契約を締結し、クラリオンの商品を扱っていたところから、右の看板を出していたのである。

また、昭和四二年五月頃、右委託販売のためのショールームをA戸に作るにあたり、その改装費を株式会社神戸クラリオンが負担し、右ショールームの店番には控訴人阪大ラジオの店員一人があたっていた事実はあるが、これは同株式会社に対する転貸ではない。なお、右ショールームは昭和四四年末頃やめて、現在は控訴人阪大ラジオが他の用途に使用している。

4、B戸について

(一) 控訴人大谷つる子は、昭和三三年頃、B戸の賃借人丸善書店からその階下部分を転借し、昭和三七年一〇月頃、火災で半焼し丸善書店がその階上部分を引き払った後、被控訴人の了解を得て自ら修繕したうえ、あらためて被控訴人から直接B戸全部を賃料月額一万七、〇〇〇円で賃借した。そして、控訴人阪大ラジオがB戸をも占有し営業していた。

(二)(1) 控訴人阪大ラジオは、昭和三四年頃から自動車ラジオの製造販売を業とする前記帝国電波の兵庫県代理店となっていたが、昭和三八年五月、同社の要請によって右代理店業務を分離し、新たに控訴人つる子の三男大谷雄市を代表者とする有限会社クラリオンを設立した。

(2) 有限会社クラリオンは、昭和三九年八月頃まで、B戸を控訴人阪大ラジオと共同で占有し、営業していたが、その後神戸市兵庫区小物屋町に移転し、昭和四一年三月株式会社神戸クラリオンを設立して、営業を中止した。

(3) 右のとおり、有限会社クラリオンは、控訴人阪大ラジオの一部門を分離独立したもので、その実体は同様に親子間の同族会社であり、本件家屋の利用形態にも変化はないから、転貸関係は存在しないし、仮りに転貸にあたるとしても、このような実体に加えて、占有期間も短期で本件解除時より五年前にすでに移転していることをも考えれば、右転貸は信頼関係を破壊するものではない。

(三)(1) 控訴人阪大ラジオは、主たる取引先である訴外扶洋家庭電器株式会社から、営業不振の改善策として販売部門と修理部門の分離を求められたため、昭和三九年五月、控訴人つる子の二男大谷英市を代表者とする阪大電化を設立し、B戸の階下で従来の販売部門の営業を行なわせた。

(2) このような場合、主たる取引先の意向を無視して事業の継続をはかることは事実上不可能であるから、阪大電化の設立による本件家屋の転貸はやむをえなかったことであり、その利用の実体は控訴人阪大ラジオの単独占有当時と何ら異らず、社会通念上経営の実体は同控訴人の販売部門と同視されるものであるから、その占有は転貸にあたらないし、仮りにあたるとしても信頼関係を破壊するものではない。

なお、B戸について昭和四〇年一一月にした改造は、控訴人阪大ラジオがその費用を負担したものである。

(3) 阪大電化は、昭和四六年五月頃事実上解散して、控訴人阪大ラジオに吸収合併され、昭和四七年七月一八日解散登記を了した。

5、前記A戸の改装およびB戸の改造は、昭和四〇年一一月頃神戸市の土地区画整理事業により本件家屋が移築された後、近隣の賃借人と同様に修復補強をした際、店舗として機能する最少限度の改造をしたにすぎないもので、柱を抜く等の大改造を行なったものではなく、賃貸借契約解除の原因となるものではない。

控訴人つる子は、昭和一五年以来の長きにわたって、賃料の支払、本件家屋の保全管理等を誠実に行なってきたもので、賃借人として何ら背信行為はない。

6、本件家屋に対する阪大電化および有限会社クラリオンの各占有ならびにA戸およびB戸の改造、改装は、いずれも本件解除の意思表示よりはるか以前に発生した事実である。他方、被控訴人は、そのうちA戸の改装を除く各事実については昭和四一年一一月頃にはこれを知っており、さらに遅くとも昭和四二年六月二〇日にはそのすべての事実を知っていたと考えられる。しかるに、被控訴人は、同年七月一日送達の訴状によって、本件賃貸借契約の存続を前提として、賃料増額請求をしている。このことは、右各転貸および改造について黙示の承諾があったことを意味し、仮りにそうでないとしても、被控訴人において解除に値いするほどの背信性があるとは考えていなかったことを示すものである。

二、被控訴人の主張

1、控訴人つる子を除くその余の控訴人らが昭和四四年八月当時本件家屋を占有していたことは明らかであるから、仮りにその後占有を失った者があったとしても、賃貸借契約解除の効果とは関係がない。

2、昭栄商事、阪大電化、有限会社クラリオンは、いずれも大谷一族の同族会社ではなく、これらに対する転貸は背信性を帯びるものである。すなわち、

(一) 昭栄商事は大谷雄市、井指弘、森田敏、関野薫らの共同経営にかかる会社であって、明らかに大谷源七と関係のないものである。

(二) 阪大電化は、扶洋家電販売株式会社が資本の半分を出資し、取締役も二名派遣しているものであって、控訴人阪大ラジオは事実上倒産し、全然別個な新会社が設立されたものである。

(三) 有限会社クラリオンは、資本の全部を帝国電波株式会社が出資し、同社の社員でもある大谷雄市が代表取締役であるほか、大谷一族でない大島進も役員として参加しているものであって、他方大谷源七はその営業内容も知らないのである。そして、有限会社クラリオンは、その後帝国電波の再出資によって組織がえされて株式会社神戸クラリオンとなった。

3、本件家屋の改造は少なくとも二回行なわれているが、一回は株式会社神戸クラリオンにより一〇〇万円の費用をもってなされており、他の一回は阪大電化により四七万八〇〇〇円の費用をもってなされている。これら改造は、金額からみてもかなりの規模であることが窺われるとともに、株式会社神戸クラリオンおよびその前身の有限会社クラリオンならびに阪大電化に本件家屋が転貸されている事実を物語るものであり、これら無断転貸および無断改造により、控訴人つる子と被控訴人の間の信頼関係はまったく破壊されてしまったのである。

三、証拠関係≪省略≫

理由

一、被控訴人が本件家屋A、B二戸を所有し、これを控訴人大谷つる子に賃貸していたが、昭和四四年八月末頃同控訴人に対し無断転貸を理由に賃貸借契約解除の意思表示をしたこと、控訴人阪大ラジオが当時から現在までA戸、B戸を占有しており、阪大電化および有限会社クラリオンがかつて少なくともB戸を占有していたことは、当事者間に争いがない。

控訴人阪大ラジオ、阪大電化および有限会社クラリオンの各占有は、後記認定事実に照らしても、実体を伴わない形式だけのものとは認められないから、転貸借によるものと推定すべきであり、賃借人との間の貸借契約が形式上存在しなくても、民法六一二条にいう第三者の使用収益にあたるものと認めることを妨げない。そして、弁論の全趣旨に照らし、被控訴人は、控訴人阪大ラジオの占有を少なくとも黙示に容認していたものと認められるが、阪大電化および有限会社クラリオンへの転貸については、黙示的にもせよ承諾を与えた事実を認めるに足りる証拠はない。

しかし、昭栄商事の占有の事実については、≪証拠省略≫中この点に関する部分は、≪証拠省略≫に対比すると、採用するに足りず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

二、そこで、右各転貸の経緯、態様について判断するに、≪証拠省略≫によれば、次の事実が認められる。

(一)  控訴人つる子は昭和一五年頃からA戸を賃借し、その夫大谷源七がラジオの販売、修理業を営んでいたが、昭和二五年五月控訴人阪大ラジオを設立し、その後は右会社名義をもって従前と同一内容の営業を継続し、その後控訴人ら主張の経緯でB戸をも賃借して、同一営業に使用している。控訴人阪大ラジオは、源七を代表取締役、控訴人つる子を取締役、従前からの従業員井上恵一を監査役とし、株主もすべて源七の親族らで占める純然たる同族会社であり、その営業および家屋占有の実体は個人営業当時とほとんど異ならないものである。

(二)  控訴人阪大ラジオは、その営業の一部として帝国電波株式会社の代理店業務を行なっていたが、同社の要請により、右部分の業務を分離すべく、昭和三八年五月、有限会社クラリオンを設立し、以後B戸でその営業を行なっていた。有限会社クラリオンは、源七夫妻の三男で帝国電波の社員でもあった大谷雄市を代表取締役、源七の娘の夫大島進を取締役、雄市の妻の父関口憲一を監査役とする同族会社で、その営業の実体も控訴人阪大ラジオの一部門であった当時と著しく異なるものではなかったが、昭和四一年三月に雄市を代表者として他に営業所を有する株式会社神戸クラリオンが設立された後は、事実上これに吸収された形となり、以後本件店舗における帝国電波の製品の販売は控訴人阪大ラジオが株式会社神戸クラリオンとの委託販売契約に基づいて行ない、有限会社クラリオンは登記簿上昭和四五年九月三〇日解散決議をしたこととされている。

(三)  控訴人ら主張の事情により、控訴人阪大ラジオの販売部門の分離独立のため、昭和三九年五月阪大電化が設立され、本件家屋において営業を行った。その役員は、源七夫妻の二男大谷英市を代表取締役、雄市および源七を取締役とするほか、取引先の扶洋家電販売株式会社から派遣された河本潔美、重広文男を取締役、同じく太田浩を監査役に加えたもので、主として経理面について同株式会社の監督を受けることとなったが、実際の経営は英市、源七らによってなされ、河本、重広らが関与するところは少なく、したがって阪大電化もなお源七らの同族会社的色彩を失わず、その営業の実体は控訴人阪大ラジオの延長とみることのできるものであった。なお、本訴提起後の昭和四六年八月、登記簿上の本店を神戸市生田区相生町二丁目七番地(源七らの住所)に置く阪大ラジオ・テレビ株式会社(代表取締役源七、取締役英市・つる子・河本・井上、監査役太田)が設立され、控訴人阪大ラジオと阪大電化の営業は事実上右新会社に吸収され、阪大電化は登記簿上昭和四七年七月一〇日解散決議をしたものとされている。

三、次に、被控訴人主張の無断改造の状況について検討する。

(一)  昭和四〇年一一月にB戸についてなされたという改造は、≪証拠省略≫によれば、阪大電化が費用四七万円余を投じてしたものではあるが、店舗内部の改装の域を出ないものと推認され、家屋自体に重大な変更を加えたものとは認められない。

(二)  ≪証拠省略≫によれば、昭和四二年五月にA戸についてなされた改造は、費用約一〇〇万円をもって、幅約一間にわたる壁、窓を取り壊し、出入口の戸も取換えて、階下のうち道路に面する二面の大部分をガラス張りのショールーム様の外観としたものであるが、柱、梁等の建物の重要な構造には手を加えず、必ずしも原状回復を不可能とするほどのものではなく、店舗としての機能の維持のため必要な範囲にとどまったものと認められるから、これをもって重大な義務違反とするに足りない。

四、そこで、以上二、三に認定した事実に基づいて考察すると、控訴人つる子らは再三にわたり新会社を設立して本件家屋を使用させているのであるから、これら会社の実体がおおむね賃借人およびその親族らによる同族会社ないしはその色彩の濃厚なものであるにせよ、被控訴人がこのように占有関係を錯綜させる賃借人の行為に対して不安、不信の念を抱くのにも無理からぬものがあると考えられる。

しかし、他方、控訴人つる子は、前記認定のように戦前から長期にわたり本件家屋を賃借してきた者であり、その間戦時中の空襲により本件係争地区を含む神戸市の中心部の大半が罹災したことは公知の事実である。してみると、本件家屋が罹災を免れたのについては、同控訴人がなみなみならぬ努力を払ったことによるものと推認するのが相当であるとともに、戦後の社会情勢経済情勢の変動に応じて営業形態を変更し、また、前記改造を行なったことも、同控訴人側としては已むを得ぬことであったと理解できないことはない。以上のほかには、これまで控訴人つる子に賃借人としての義務違反がなかったことも、弁論の全趣旨に明らかである。

以上のような当事者双方の諸般の事情を総合比較して考えるならば、極めて微妙な法律問題であるが、本件各無断転貸および改造には、なお宥恕すべき事情があるものとして、賃貸人との間の信頼関係を破壊するに足りない特段の事情があるものと解するのが相当である。

五、以上の次第で、被控訴人のした本件賃貸借契約解除はその効果を生ぜず、控訴人つる子は有効な賃借権に基づき本件家屋を占有し、転借人である控訴人阪大ラジオ、阪大電化、有限会社クラリオンは現に占有を有するとしてもこれを被控訴人に対抗しうるものであり、昭栄商事の占有の事実は認められないのであるから、被控訴人の請求はすべて失当であって、本件控訴は理由がある。よって、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 沢井種雄 裁判官 野田宏 中田耕三)

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